五分前の格闘


 どうも机の上の交通整理が苦手だ。すぐご
ちゃごちゃとモノが溜まる。
 まず漫画を描くときに使用する傾斜したト
レス台。それとワープロ。電話つきFAX。
小物では手紙や書類を入れる箱、筆洗、イン
ク壺、ペン立て、各種栄養ドリンクなど。
これらがぼくの机の上の、主な居住者。
 さらに、新聞やチラシの数々、午前中に送
られてきた郵便物、雑誌とか手紙、もろもろ
のダイレクトメールが、机の上に割り込む。
 お茶やコーヒーだって飲むから、それも机
のどこを占拠する。
 机の上の許容量がオーバーすると、物理の
法則で、はみ出た物体は床に落下するほかな
い。
 こんどは、足元の混乱がはじまる。
 足もとはごみ箱や、ごみ箱からはみ出た反
故紙、竹踏みの竹、電気ストーブ、雑誌、新
聞などで散らかっている上に、上から落下物
が加わるから、八畳ほどの仕事場は、たちま
ちごみや本やら何やらで、アップアップだ。
 不用意に家の誰かが、ドアを開けると、部
屋の中から内容物がドッと物が飛び出すゾ。
 これでも若い頃は、果敢にも電気掃除機を
持ち出して、掃除なんか、おっぱじめたこと
もあったが、最近は「われ整理整頓に関知せ
ず」を決め込んで放置している。

 さて本題の執筆五分前。
 階下でコーヒーを飲んで、ヨイショと腰を
上げる。
「はたして五分で、机の前に辿りつけるかど
うか」不安がよぎる。
「ヘルメット、被っていったほうがいいんじ
ゃない」と家人がいう。
 階段をミシミシと音をたてながら、二階の
仕事部屋へ向かう。
 そして部屋の前に立つ。ドアが妊娠した女
のように膨らんでいるゾ。
 一気に開けたら中から、雑誌や新聞やゴミ
や何やらが一斉に放出してくるだろう。
 深呼吸。
 ドアを開ける。すごい力がドアに伝わって
くる。
 ドドッ。消火栓を開けたときのように、本
や何やらが一斉に吹き出す。ぼくの頭上をか
すめる。
 ワニのように腹を床につけて前進する。
 途中で鼻っ先に、柔らかいものが触れる。
パンツだ。
「なんで、仕事場にパンツがあるんだ!」
などと自問している場合ではない。
 膝小僧が固い物を踏む。痛い。みるとタコ
ヤキみたいなクルミだ。
 手のひらで、クルミをくねくね撹拌すると
血行がよくなって、高血圧予防にいいと人に
すすめられて買ったやつだ。
たしか3コあるはずだ。アト2コはどこだ。
「そんなもん、探してるばあいか!」
 こんどはめがねとと目玉のあいだにぬるり
としたものが侵入してきた。
なんだ。気持ちワリイなあ。
「バナナの皮だ!」
 くそ。
 どうにかこうにか机の前に辿りついたのが
執筆一分前。
 机の上から余計な物をどけて、仕事のでき
るくらい空間を確保しなければ。
 今日の仕事は「オール読物」のエッセイ。
 ワープロのキィボードを探す。アッタ。
つぎは本体だ。
(初期のワープロはキィボードとデイスプレ
イが別々だった)
 これもすぐ見つかった。本体のスイッチを
入れる。
「システム・フロッピィをお入れください」
 デイスプレイの表示があらわれた。
 フロッピィ、フロッピィはどこだ。ナイナ
イ。机の上の物を片っ端から、ひっくりかえ
す。 
 勢いあまって、インク瓶も放り投げたみた
い。床のじゅうたんに黒ぐろとシミをつけて
いた。嫁はんのコワイ顔が浮かぶ。ここでド
ッと疲れる。
 ぼくは執筆する前から、こんなことでとっ
くに疲れ果てている。
 いい原稿が書けるはずがない。

91年2月号「オール読物」(文芸春秋)