映画『無伴奏「シャコンヌ」』

 音楽映画、とくにクラシックを素材にした
映画は観客ソッチのけで、迷走しがちだ。
 題名は忘れたが、以前パガニーニをモデル
にした映画があった。
 悪魔に魂を売ったといわれるヴァイオリン
の鬼才が、サウスポーで現れたのには意表を
つかれたが、あとはよく分からなかった。
 カプリース(奇想曲)の流れる中で、まっ
たく何の脈絡もなく、馬の交接シーンが映し
出されたのには驚いた(興味しんしんだった
けど)。
「ピアノ・レッスン」もよく分からなかった。
 山小屋の荒くれ男がどうしてピアノの音に
あれほど発情するのか。
 ラストシーンで舟からピアノと一緒にヒロ
インが海中に落ちて、そのまま悲劇のうちに
終わるのかと思ったら、ばっちり助けられて
その性豪男とハッピーエンド? になって何
じゃいなと思ったりした。
 とにかく音楽映画はあまり過剰な期待はし
ないように戒めている。
 でこの『無伴奏「シャコンヌ」』。
 映画の前半は、現在と過去が交錯して難解
だったが、辛抱していると、主人公の生きざ
まが分かってきた。
 主人公のヴァイオリニストは、以前、熱狂
的な観客が楽屋に押し寄せてくるほどの華や
かなソリストであったらしい。
 しかし「いくら観客や指揮者は丸め込めて
も、今の自分にはベートーヴェンの魂は演奏
できない」と自信喪失にかられる。
 結局エージェントから見放されて失職。
 彼は、演奏舞台をリヨンのメトロの地下道
に求める。わずかな通行人の施しを受けなが
ら。
 この映画はその地下道が本舞台だ。
 だから画面は始終薄暗い。地上がひとつも
出てこないのだから仕方がない。
 一服の清涼剤といえば、主人公とメトロの
切符売り場の女の子との淡い恋心ぐらい。し
かしこれも息苦しい芸術家魂に凝り固まった
筋道の息抜き程度で発展しない。
 映画の主要音楽にバッハの無伴奏パルティ
ータの中の「シャコンヌ」が選ばれている。
 かっては観客のウケを狙ってさんざん弾い
てきた「シャコンヌ」だが、コンサートホー
ルに足を運ぶディレッタントではなく、不特
定多数である雑踏を相手にして弾くことで、
真のバッハを探そうと模索する。
 通行人の中には、彼の才能に気づき、演奏
活動の援助を申し出る者もいたりするが、彼
はそれに目もくれず,ひたすら「シャコンヌ」
を弾きつづける。
 盛り上がりは自分がいつも弾いている場所
に、チェロを弾く老人がおり、それに加わっ
て二重奏をするうち、サックスやギター、胡
弓、カスタネットなどの楽器が加わり、人々
が踊り出すシーンだ。
 音楽とは何かということを垣間見せる感動
的な場面だ。
 そして最後の十五分の「シャコンヌ」。
 メトロの廃墟にうごめくドロップアウトし
た人々を前に弾く「シャコンヌ」。彼はここ
で真のバッハを体験したのであろうか。
 死んだような人々の目が、とつぜんヴァイ
オリンの音とともに輝き出す。しっかりした
足取りで、地上へ踏み出していく者もある。
 映画は「シャコンヌ」を弾き終えた主人公
の顔のアップで終わる。
 目にはうっすらと涙が。
 吹き替えのヴァイオリンは、いま今いちば
ん盛りのキドン・クレメールだ。

95年6月○号/週刊文春