人生観

ぼくは性格はせっかちだが、やっていること
はスロー・テンポだ。
お茶!と叫んで、一分以内にこないと、自分
で台所へいって、自分でいれる。
物を探すのがヘタで、お茶っ葉一つ探すだけ
もエライ苦労する。
聞けばいいのだが、そこはせっかちな性格だ
から、自分で探すほうが早いという思い込み
があるから、三分でも十分でもムキになって
探す。
そのうち諦める。
コーヒーだけは、家族のものがいれるのは気
に入らないので、最初から自分でいれる。
(インスタントだけど)
ぼくは根っから、クラシック音楽が好きで一
日中、自分の部屋では、モーツアルトやバッ
ハが流れている。
それを聴きながら、仕事をする。ぼくの時間
の過ごし方は緩慢だ。
悪くいえばダラダラ、良くいえば、達観して
いるということか。
いまはある全国紙の夕刊にマンガを描いてい
るから、午前中はこの仕事にかかりっきり
になる。うまくいけば午前中に仕上がって大
バンザイだが、どこかで頭の回路が狂ってし
まうとこの仕事はまま夕方までひぎずってし
まう。
(こんな時は、たいていはつまならないアイ
デアだ)
無事、マンガが仕上がれば、すぐ階段の踊り
場にあるデジタル回線のフアックスで原稿を
新聞社に送る。
(むかしは、新聞社が差し向けたオートバイ
のおじさんがきた。先輩の先生がたによると
オートバイの音を聞いたら、地獄から迎えに
きたと震え上がったという)
午前中に仕事が片づけば、あとはボーとして
音楽を聞いている。
体調がいいと、近くの公園までウオーキング
する。
健康もかねて、万歩計をつけて歩くが、五千
歩にも満たない。
こんな程度だと健康づくりにあまり効果がな
いそうだ。
それに、ぼくがウオーキングすると、それに
あわせるかのように、近所のおばさんがたが
犬と散歩をはじめる。道端でしょっちゅう会
うので、いつも挨拶に苦慮する。
気がやすまらないったらありゃしない。だか
ら、よっぽどのことでもないとさいきんは歩
かない。昼食後は「、おもいっきりテレビ」
なんかを見ながら三十分ほど昼寝する。
午後の仕事は二時ごろから。
とくに急ぐ仕事がなければ、パソコンを立ち
上げ、遊びとも仕事ともつかないことに夕方
までかかりあっている。今、自分のホームペ
ージを作成中だ。
(この稿が出る頃は、立ち上がっていること
と思う)
夜。
もうただのダメジジイで、晩酌をやりながら
シーズン中はタイガースの試合を観戦して、
一人で大騒ぎしている。(たいていは無口に
なって、ウジウジ暗い晩酌なっているが)
家族とごちゃごちゃ駄弁を飛び交わすのはこ
の時間帯だ。
このアトは、二階の自室に引きこもり、ぼん
やりとクラシックを聴きながら、雑誌を読ん
だり、メールのやりとりをする。やがて、睡
魔がきたら、逆らわずに、自分のベッドにも
ぐりこむ。枕元には小さなラジカセがあって
たいていは志ん生の落語かダイマル・ラケッ
トの漫才のテープを聴きながら寝る。
これで一日はおしまいだ。こんな時間振りで
過ごしている。
これははたして充実しているのかいないのか
本人にはさっぱり分からない。
たぶん充実とは無縁のながら時間だろうと思
う。
昔からこんな感じの一日の過ごし方だったよ
うな気がする。
物理的に仕事が大量にあっても、あくせく時
間に追われたという経験がない。
ぼくの時間の流れはいつも緩慢だ。本職のマ
ンガも、音楽もどことなく趣味の延長上にだ
から、体がアクセクしないのかもしれない。
だから、どこがプライベートでどこから仕事
か判然としない。
人にはこの世に生まれてきた以上、天から与
えられた仕事というか役割があると思う。
それを健康でやりとげ、つまようじの先っぽ
くらいでも社会の用に役立っていれば、そ
れでいいじゃはないかいと思う。
おおげさだけど、これがぼくの人生観かな。

(PHP/01年1月増刊号)