ミステリーと私
    

むかし小学生のころ、A子先生という美人の
担任がいた。大空真弓のような睫毛の濃い若い
先生だった。ぼくはこのA子先生が大好きだっ
た。
昭和二十年代、若い女の先生でも、化粧して
いる人は少なかった。とくにイナカの小学校で
はなおさらだった。A子先生は、真っ赤な口紅
をさしておられ、とてもも目だった存在だった。
授業のとき、形のいい赤い唇が、一生懸命お話
しされている。 ぼくはA子先生の唇ばかりみ
ていた。上の唇と下の唇が触れたり離れたり。
時には両唇が合わさって前へ突き出たり。
ときどき、合わさった唇の間から赤い下の先
端がチョロリと覗いたりする。
体操の時など運動場で、ピカピカ光った金属製
の笛がA子先生の唇に挟まって「ぴっ、ぴっ」
と行進のリズムが鳴る。  
「ピリピリピリー、ぜんたーい止まれ」と叫ぶ
と、A子先生の唇から笛が離れ、落下する。そ
して笛はA子先生の胸のところで止まる。(紐
が付いているのね)
そこで先生は何かを注意したりするのだけど
ぼくはチビなので、列の一番前。A子先生を
見上げる感じになる。ついつい先生の赤い唇を
見る。体操の時はとくに口が乾くのか、先生の
口の中は唾液が糸を引く。ぼくはそれをなんと
もいえない気持ちで眺めた。  
ぼくは恋い焦がれてA子先生を一人占めした
くなった。
そしてぼくはある夜、A子先生と結婚した。
それからというものは、A子先生は毎日ぼくの
ためにごはんを作ったり、お風呂で背中を流し
たりしてくれた。ときどきオネショしても、A
子先生は怒ったりしない。「いややわ、小学六
年生にもなって」とやさしく微笑んで、濡れた
パンツを洗濯してくれた。
ぼくとA子先生はとてもしあわせだった。毎朝
一緒におテテつないで登校した。
ところがある日、ぼくの前にライバルが現れた。
同じクラスのKだった。Kは秀才でクラス委員
長をしていた。家が金持ちで、いつも金ピカの
ボタンのついたツメエリを着ていた。弁当は、
いつも黄金の卵焼きだった。母親が給食だけで
は栄養が偏るといって、持たせるらしい。
Kは卵焼きを自分で食べないで、みんなに分け
与えた。だからKは「タマゴ王子」と呼ばれて
人気者だった。Kはぼくの破れた継ぎ接ぎの服
を笑った。そして、その「タマゴ王子」はぼく
からA子先生を強引に奪った。
ぼくははだしのまま、凍てつく地面に立ち、半
月を見上げながら、復讐を誓った。
ぼくは「タマゴ王子」の卵焼きの中に、保健室
からこっそり盗んできた塩酸を振りかけた。
「タマゴ王子」はその塩酸入りの卵焼きを食べ
胃壁を溶かして死んだ。
ぼくはまたA子先生と再婚した。そしてしあわ
せになった。めでたし、めでたし。
以上はこどものころ妄想して作った、ぼくのミ
ステリー作品だ。


(88年11月号/掲載誌不明)