ナベ、カマ広告

 若い頃、大阪の小さな広告会社に
勤めたことがある。
 広告の仕事に興味があったわけで
はなくて、漫画を描かせてもらえる
と思ったからだ。
 にもかかわらず、広告会社に入っ
て、配属されたのは、農業関係のP
R誌の編集の仕事だった。
 記事中のカットなど描かせてもら
えると期待したが、ほとんど出番が
なく、編集長自身が描いた。
 彼はとても起用な人物で、文章も
うまければ、イラストもうまい。
 漫画修業時代の若造の出る幕では
なかった。
 もっぱら、ぼくはスポンサーのと
ころに、記事のチェックや広告原稿
をもらいにいくといった、使い走り
のような仕事ばかりだった。
 編集室と同じ部屋に、広告部があ
った。ここは、主に、ポスターや新
聞広告の原稿を制作していた。
 別室のスタジオでは、商品のガス
コンロとか、ナベとかカマのような
日常雑貨品の、写真撮影をしていた。
 時々、目も覚めるような美女がス
タジオ入りすることもあったが、そ
んな時は、社員がみんな持ち場を離
れて、見学にいくので、社長が美女
撮影まかりならぬとかで、いつしか
ナベ、カマ専門になったと聞いた。
(ほんとかなあ)
 そういう広告現場を少しでも見た
せいか、毎日配達されてくる新聞も
自然、広告に目がいく。
 以前は、カラーTV受信機や電気
洗濯機などの、生活用品の広告が多
かったような気もするが昨今は大分
違うようだ。
 不動産関係と金融関係、証券会社
自動車メーカーのものがやけに目に
つく。
 別にそれ自体文句いうつもりはな
いが、あんまり楽しくない。車なん
かしょっちゅう、モデルチェンジし
て、矢継ぎ早に新車の広告を出す。
 車検ごとに車を買換えないと、世
の中から取り残されるような気分に
させられる。
 不動産広告なんかは、もうため息
ばかり。とくに首都圏、その周囲の
地価高騰はなんだろう。
 広告主には悪いけど、あんまり頻
繁に見せられると、反感さえ抱いて
くる。
 まったく悪意とヘンケンを承知で
言うのだけど、不動産などは誰かが
ボロ儲けして、それを元でにカジノ
で、さらに大儲けして、大笑いして
いるにちがいない。
 高級住宅地にそそりたつマンショ
ン、どこか海の見える高台の一戸建
て住宅。
 みんな等しく、並みに働いて手の
届く価格なら、夢の抱きようがある
けど、何億の物件となると、もうコ
ンチクショ気分だ。
 諸悪の根源はそんな広告をなんの
配慮もなく野放図にノセる新聞がわ
るいのではないか! と怒りたくな
る。
 ナベ、カマを載せていた新聞のあ
のころがなつかしい。

日経広告手帳/91・3月号