内定取り消し

企業ではよく「内定取り消し」とい
うのがある。 
 なんらかの理由で、本採用に至らず
採用取り消しになることだ。
 
 ぼくが東京に出た当初、雑誌社から
仕事の依頼があって(これが内定に当
たると思うのだが)、いざ締切り寸前
になると、一方的に「紙面の都合で載
せられなくなった。原稿は結構です」
といって仕事をキャンセルにしてくる
たぐい。
 こういうのは今でもある。
 ある時、大手の自動車メーカーの広
告の仕事を頼まれた。ちょうどぼくが
運転免許をとってまもなくのことだっ
なので、初心者をターゲットにした新
車の広告だったのかもしれない。
 わざわざ高速道路を走らせ、その脇
を伴走車から体を乗り出してカメラマ
ンが写真をとった。
 命がけの撮影だ。
 契約書こそ交わさなかったが、コレ
コレイクラという出演料を口約束して
いた。漫画の原稿料などとは比較にな
らない金額だ。こちらも大いに期待し
てこの日のためにジャケットを慎重し
てのぞんだものだ。
 それから何カ月も経つのにうんとも
すんともいってこない。
 広告代理店に電話を入れると、担当
者が申し訳なさそうに「あれは中止に
なりました」といった。
 理由はあかさなかったが、さすが名
のある大手の代理店だけあって、約束
の出演料はシブシブながらでも出して
くれた。(もっとも何回かシリーズの
はじめのぶんの出演料だったが)
 これも内定扱いの上の取消しだ。
 ある新聞社系の週刊誌でカラーの漫
画の連載が始まった。これも四、五回
つづいたところで、連載が中止になっ
た。どうやらぼくはワンポイント・リ
リーフらしくて、売れっ子の漫画家が
その後連載をはじめた。
 これは採用直後の解雇か。世の中の
水はしょっぱいものなのだ。
93年4月「地上」(家の光協会)