静かなる男
              

 自慢ではないが、ぼくはおしゃれ方面はぜ
んぜん駄目。あきらめてはいるわけではない
が、才能がないみたい。
 にもかかわらず、結構、衣装持ち。
 ジーンズは十着、ジャケットも十着、セー
ター八着、スーツは七着、スラックスも十着
なんだかんだとある。
 靴は三足と極端少ない。よくおしゃれは足
元からというけど、脳ミソから一番遠距離に
いる分際で、おしゃれなんぞしゃらくせと思
っているから、これでよい。
 ふだん履く靴は、革製のよれよれした茶色
のドタ靴。足が疲れなくてお気に入りだ。
 冬以外はジーンズが好き。
 ただ最近はジーンズが苦しくなった。お腹
が出てきて、キツイ。腹のサイズにゆったり
と合わせると、お尻の下や裾のほうが、ダブ
ダブになって恰好わるい。
 それでお腹の肉をかき分けてギュッと締め
つけてでも、お尻の線がきりりと出るように
我慢して着用している。苦しくなったら、デ
パートのトイレに入ったり、公園の茂みに隠
れて、ベルトを緩めて深呼吸する。
 放屁する時の快感に似ている。
 これも一種の美学かな。
 最近古い友人に会うといつも最初のあいさ
つが決まっている。
「えらい、あたまウスなったなア」
 ほんの十年前のぼくの頭を知る人は、信じ
られないらしい。あの頃は、頭髪は石川五衛
門のように、ふさふさしていた。
 行き交う人も「あれはカツラじゃないの」
といった眼差しでぼくを見た。
 この頃、美容院に行って、よくパーマをか
けたものだ。いま思えば不覚だった。髪が薄
くなったのは、パーマで毛髪を傷めたせいだ
と思う。
 しかしなんだかんだとおしゃれをしても、
やっぱり男の行き着くところは、内容だ。頭
の中身。
 豊かな経験と深い知性。穏やかな振る舞い。
格調のある会話。豊富なボキャブラリィ。
 ほどよい中年の色気。十分豊かな財布の中。
隣人への心配り。女性に対する欧米風思いや
り。そんなものが要求される(たぶん)。
 ぼくはもうそういう中身で勝負する年頃だ
が、皆無なものばかりで、アタマにくる。
 こんな男の、どこに美学を見いだせばいい
のか、無茶なテーマだ。何も構わないのがオ
レの美学というのも、嘘っぽいし。
 時々、銀座のバーにいくと、決まって女の
子に言われるセリフがある。
「あら、こちらお静かね」
 これだ! ぼくは静かなんだ。今思いつい
た。「静か」がぼくの美学だった。
 なんとか結論が出てよかった。

(93年「有楽」創刊準備2号)