譜めくり美女

 当然のことながら、ヴアイオリン・ソナタとかフルート・ソナタとかいった曲には普通ピアノの伴奏がつく。
演奏会では、旋律楽器の奏者が舞台の中央にいて、伴奏者はその背後に控える。単純にこの位置関係から推測すると、ヴアイオリンとかフルートが主人で、ピアノが召し使いみたいに見える。しかし実際はそうではない。
モーツアルトの二重奏のように「ヴアイオリン伴奏付きピアノ・ソナタ」という性格の強い場合だってあるわけで、これは堂々、ピアノのほうが主人だ。
さて今回は、ふたりの奏者の他にもうひとり、演奏するうえで、なくてはならない人物について語ろうと思う。
それは譜面をめくるひと。ピアノの脇にいて、ピアニストに代わって楽譜のページをめくってくれる人物のこと。
そんなものは自分でめくれ−!と暴言を吐く者は、よもやいないと思うけれど、ピアニストは両手がふさがっているから、どうしても助太刀がいる。
ぼくは前々から、この譜めくり人にもっと脚光を当ててしかるべきではないかとと考えていた。
われわれはあまりにもこの人達を、日陰に追いやっていないだろうか。

 ヴアイオリンとピアノだけで「クロイツエル・ソナタ」がなりたつわけではない。ピアノの伴奏の譜めくり人がいないと合奏不可能だということを知らねばならない。
われわれはこの任につく大半が女性である事実を忘れている。しかも美女が多い。ぽくが記憶しているだけでも、たとえば86年6月19日東京文化会館、テノールのフランシスコ・アライサ独唱会の譜めくり美女。ソソとして芳香を舞台忘に漂わせてくれた。おかげでぽくらはみずみずしい「水車小屋の娘」を聴くことができた。
同年5月8日、東京文化会館小ホール。オーフラ・ハーノイのチェロリサイタルのときの譜めくり美女。ハーノイに勝るとも劣らない美貌の持ち主だった。そのせいかピアノ伴奏のエリアキム・タウジヒはとて幸せそうだった。ぽく幸せいっぱいだった。譜めくりはハタで見ているよりずっと気骨の折れる仕事だと思う。ピアノに近すぎてもいかず、遠すぎてもいかず、目立ち過ぎてもいかず。譜面をめくるタイミングもむずかしい。かすかな首の動きを合図にヒラリとページをめくる。
楽譜が新しいと、めくったページが立ってきたりする。ページのノドのあたりを白魚のような手が、一生懸命にこすってなじませようとしている。見ていてハラハラする。
このかいがいしい努力をみていると、演奏者たちへの拍手の半分を彼女たちに回してあげたいと思うのであります。

「コテン氏の面白オペラ」(朝日新聞社刊)より